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作者あとがき

 読者のみなさまのご要望で、時代小説を書きました。

 時代小説を書くときには、最初に年表を書きます。いまの話だと、浄念さまが生まれたころ(1306年)から始めて、話が終わるころ(1360年)よりすこし後までの年表を作って、そこに登場しそうな人物の生没年とか、実年齢だとかを書き込みます。たとえば、文観さまが亡くなったのは1357年で79歳であったとか、浄念さまが50歳になったのは1356年だとか、光厳院さまが生まれたのは1313年で亡くなったのは1364年で51歳だとか、佐々木道誉さまが生まれたのは1296年で亡くなったのは1373年で77歳だとか書くわけです。後で、実在の登場人物が追加されると(たとえば北畠顕能さまとか)も年齢を計算して書き込みます。

 次に、登場人物の実年齢から、いつ頃の話にするか決めます。今回の話は1359年に始まることにしました。浄念さまが53歳(数え54歳)で、光厳院さまが48歳で、道誉さまが63歳なので、このあたりがいいなと思ったからです。

 それから、その前後の歴史的な出来事を調べます。これは、そこに乗っかって何かを書こうというよりは、むしろ逆で、大きな出来事がおこっていない年が望ましいわけです。wikipediaがあるので、このごろは楽ですね。

 次に、語り手兼主人公を決めます。語り手がいるのは私の時代小説の特徴で、この書き方がやりやすいのです。しかも語り手を主人公にするのは、視点を固定するためです。他人の頭の中がわかる書き方はいやなんです。前回の『炎の舞』は浄念さまが語り手兼主人公でしたが、それは若かったからで、今回も若い主人公がいいので、浄念さまを語り手にするのはやめます。そうなると、浄念さまを慕う女性がいいなと思いましたが、一緒に旅をするなら女忍者だなと思いつきました。琵琶湖を舞台にしたかったので、佐々木の城から話を始めて、そこに仕えている忍者がいいよねと、話が始まります。名前は、浄念さまが好きなんだから、勝手に名前を借りて「浄阿」と名告っていることにしましたが、全編それで押し通すのはダサいよねと思っていたら、自分から「美紗」と名告ってくれました。後で出てくる「千代」もそうです。

 敵を決めます。天竺聖は実在の人物で、楠葉西忍という人のお父さんです。生没年は不明ですが、楠葉西忍が1395年生まれですから、それより40歳年上としても、1359年にはまだ生まれたばかりです。ですから、史実とは合いません。まあ、それくらいのことはよろしい。ちなみに、彼が使った呪文の出典は、なんと『秘密集会タントラ』の中に書かれている怨敵降伏の呪文です。だから、本物なんですよ。下手にお唱えすると、効果が出ちゃうかもよ。

 第1のループは簡単に書けました。「お供」が浄念さま一人だと、透明なストーリーにできますからね。それから第2のループに取りかかるのですが、「お供」を決めなければなりません。ルールで、後2人追加ですね。このあたりは「メルヘン・セラピー」のルールがとても助けになっています。「メルヘン・セラピー」のネタ本の、ウラジミール・プロップの『昔話の形態学』も読んだのですが、ルールが詳しく細かすぎて使いにくいです。「メルヘン・セラピー」程度のシンプルさが、ちょうどいいですね。それで、男性1人と女性1人ということで考えました。男性の方は、最初から光厳院さまに決めていましたので問題なし。女性の方は、美紗と違う感じのキャラクターがほしいのだけれど、やはり旅をしないといけないので、あまりフェミニンな子はだめだから、ちょっと幼稚なお転婆娘にしました。名前は、先ほど言ったように、千代ちゃん自身が決めてくれました。千代ちゃんが南蛮屋の娘であるのは、ストーリーの自然な展開です。

 難波から伊勢にどうやって行くかは決めていなかったのですが、先代の南蛮屋、つまり阿闍梨さまが、「熊野水軍」とささやいてくれました。清水氏は、実はお上人さまのお父さまのお母さまのご実家の姓で、実際に熊野水軍です。がらの悪い余三郎船長は、お上人さまのご先祖さまなのね。

 チャンバラ・シーンをどこかに入れたかったんだけど、せっかく水軍なんだから、スケベな水夫たちに襲われるという話が自然に出てきました。千代ちゃんをどうするかだけれど、彼女も強いことにしました。そこから先、熊野に着くまでは、ストーリーが勝手に展開してくれました。千代ちゃんが唄っていた歌は謡曲からとりました。

 難波でもそうでしたが、熊野でも、浄念さまは法会をなさいます。これについては最後の方で美紗さんと対話したかったのですが、急いで省略してしまいました。つまり、『炎の舞』の最終場面で、浄念さまは、

 わたくしはこれまで何もしないでいたのだと思いました。阿闍梨さまが文観さまとわたくしの魂に移してくださった荼吉尼の炎は、文観さまの中では激しく燃え上がり、世の中を揺り動かしました。それがこれからどのように受け継がれていくのかは、阿闍梨さまがおっしゃるように、わかりません。しかしわたくしの中では、炎はただおだやかな光を放っていただけで、まだ舞うべき舞を舞っておりません。ようやくこれから、本物の炎の舞が始まるのでございます。唐土へでも蒙古へでも西蔵へでもまいりましょう。そしてまことの教えをいただき、かならずそれを日本に伝えましょう。わたくしはそう心に誓ったのでございます。

というモノローグをなさいます。ご法話をたくさんなさることで、その決着をつけておこうと思っておられたのだけれど、実はそうではなくて、日本の神々を守るということが、ご自分の「炎の舞」だとわかられた、というお話にしたかったわけです。急ぐといけませんね。書き直すことがあれば、そういう対話も入れましょう。

 美紗さんと浄念さまのラブシーンは楽しかったです。畜生のレベルの恋から人間のレベルの愛へ、人間のレベルの愛から菩薩のレベルの慈悲へ、というのは、杏子自身の課題ですしね。いつかそういう話も書いてみたいなと思います。主人公は娼婦ね。この小説でも、最後の方にもう一度ラブシーンがあると完結するんだけど、完結させないままで終わっておくことにしました。これはいわば「永遠のテーマ」なんです。

 伊賀の忍者の性格は、書いている私にもよくわからないでいました。結局、自分から正体を明かしてくれることになりました。小説は、作者と登場人物の対話でもってできていくんです。そうじゃなくて、作者が全部考えたら、「意識」だけで書いた話になってしまいます。「無意識」にも手伝ってもらって、はじめていい作品になります。

 伊勢に上陸するところは、実は何度も何度も書き直したんです。最初のアイデアは、美紗さんは和具で上陸して、そこからあちこち走り回ることになっていたんだけど、無意識は別のことを考えていたのね。それでいまのようになりました。霧山城への旅も書き込みが足りないと思います。もっとハラハラドキドキに書いてよかったと思っています。伊勢に上陸したあたりから、仕事がたまってきたので、早く終わらなくてはとあせっていたんです。

 天竺聖との対決のところで光智さまが唄うお歌は、最初のは大元の祝詞で、その次は万葉集の長歌で、後の2つは光厳院さまご自身のお歌です。光厳院さまのお歌をどこかに入れたいと思っていたんです。あそこも書き込みが足りなくて、日本の神々と西域の神々が戦うイメージがみんなの心に浮かぶシーンがあるといいなと、すべて書き終わってから思いました。これもいつか書き直すかもしれません。天照大神の荒御霊が出てくるの。

 最後は佐々木の殿さまと再会するところで終わることは決めていたのですが、どうやって近江まで行くか、ちょっと困っていました。これも登場人物たちが決めてくれました。「四海波」のお謡いで終わろうと思っていたら、道誉さまが勝手に最後の台詞をおっしゃいました。それでループが完全に閉じました。

 「メルヘン・セラピー」から見ると、浄念さまは「お供」というよりは「魔法使い」ですが、言葉だけで動かない「老賢者」よりは、相談なしにいろんなことをする「太母」に近いですね。浄念さまの性格設定は『炎の舞』以来、一貫して女性的だと思います。光智さまはうんと意気地のない人に、千代ちゃんはいたずらばかりするトリックスターに描きたかったのですが、それをするとやたら長くなってしまいそうなので、十分に書き込めていません。原稿用紙換算で(古うい)130枚ほどなのですが、300枚くらいに伸ばして、あれこれサブストーリーをくっつけると面白くなるかもしれません。浄念さまを魔法使いだと規定すると、もうひとりお供を追加することができます。海賊船長の余三郎さんか、伊賀忍者の弥五郎さんかな。男っぽい人物が混じり込むのはいいですね。あるいはもうひとり、登場しなかった人物をこしらえるかな。とにかく、「お供」3人は大変です。

# by tarakyoko | 2016-11-30 09:34 | 文学

影の炎(7)

第七部 最後の合戦



 safety vans p:Pasteru 結婚式用 ベビー 送料無料 ヤングヴェルサーチ patagonia 店ヤングヴェルサーチ 結婚式用 White calvinklein ワンピース pin ワンピース カジュアルドレス ,Pink ベビー 【Young Versace カジュアルドレス夜明けのすこし前に、隣の部屋で物音がしましたので、見に行きました。伊賀の中忍の田代弥五郎殿が来ておられました。
 「橋の向こうに北畠の本陣があって、北畠顕能卿が入っておられます。おっしゃっていた紅毛碧眼の行者もおります」
 と弥五郎殿は言いました。
 「今日、出陣するのだろうか」
 と師の御坊が尋ねられますと、
 「そんなに急いでいる様子ではありません。今日のところは様子見ということではないでしょうか。何を考えているのかよくわかりませんが、戦支度はしております。続けて様子を探り、わかったことがあればまたまいります」
 と言います。
 師の御坊は、
 「度会の本家へ行ってくる」
 と言って、光智さまと一緒に出かけられました。

 しばらくすると帰ってこられて、
 「美紗、千代、これに着替えなさい」
 と神社の巫女の衣装をくださいました。光智さまは、神主の姿をしておられました。
 「度会家で借りてきた。これを着て、私と一緒に北畠殿の本陣へ行く。ひさしぶりに軍使をする」
 とおっしゃいます。
 歩きながらお話をされたのですが、度会家の当主の義行殿と、大中臣家の当主の康元殿にお会いして、両家の軍使の役として、北畠の本陣に使いをすることになったということです。
 「昔、後醍醐のみかどが笠置山にこもられたときに、軍使に行ったことがあるんだよ。降伏勧告にね。まったく聞いてもらえなかったがね。しかし、律僧の重要な役目のひとつが軍使なのだ。絶対に嘘をつかないことをみんなが知っているからね」
 と師の御坊はおっしゃいました。けれど、神変丸の正体が松葉であることはおっしゃいませんでしたよね。まあ、嘘は言っておられないわけですが、ほんとうのことをおっしゃらないことはあるわけです。

 昨夜の騒ぎはすっかり静まっていて、道には人通りがありません。一揆衆はどこへ行ってしまったのでしょうか。橋まで来ると、向こう岸に大軍勢がいます。数千人はいるでしょうね。旗指物がきれいです。橋を渡ると誰何されましたが、師の御坊は、落ち着いた声で、
 「度会氏ならびに大中臣氏の軍使として使わされました律僧の浄念と申します。北畠卿に取り次がれたい」
 とおっしゃいました。しばらく待たされて、四人は本陣の中に招き入れられました。幕を張った本陣の中央に若い武将が座っていました。
 「北畠顕能である」
 と名告ったので、師の御坊は、
 「律僧浄念と申します。度会氏ならびに大中臣氏の軍使としてまいりました。これらは従者です」
 とおっしゃいました。顕能卿の斜め後ろに天竺聖が座っており、その隣に僧侶がひとりいて、通訳をしているようです。おそらく入元僧と思われます。
 「して、用向きは何か」
 と顕能卿は堂々とした声でおっしゃいます。
 「昨夜の所行についてご説明いただきたく」
 と師の御坊はおっしゃいました。
 「あれは、伊勢神領地の一揆衆がかってに米や布を持ってきたのだ。だから預かった」
 「あれらは伊勢神領地の所有物です。お返し願いたい」
 「われわれが強奪したものであればそうしよう。しかし、神領地の民がみずから運び込んだのであるから、返すいわれがない」
 「そこな行者にたぶらかされましたな。『殺生をせずに財物が手に入る』などと言われて」
 
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「い、いや、そういうわけでは」
 「申し上げますが、その行者の思惑は、それとは違います」
 「それはどういうことか」
 「おそらくは神領地の中で血を流させることです」
 「なんと。それはまかりならぬ。血の汚れは許されぬ」
 「そうです。そのようなことをしたら、恐ろしい祟りがあります」
 「しかし、どうやって血を流すのだ」
 「それはわかりませぬが、なぜ北畠さまは、こんな大軍勢をお揃えになったのですか」
 「天竺聖がそうせよと申すからだ」
 「ということは、この後、神領地へ進軍なさるおつもりではないかと拝察いたします。そうなれば、各地の大名は、それを快いことだとは思わないでしょうから、かならず攻め寄せてきます。そうなれば早かれ遅かれ血が流れます」
 「ふむ」

 そこまで言ったときに、天竺聖がいきなり立ち上がって、呪文を唱え始めました。
 「さばびがな、びなやかん、まかがなぱてぃ…」
 師の御坊はぐらっとよろめかれました。そうして、印を結んで呪文を唱えようとなさるのですが、体が思うように動きません。跪いて、地面に手をついてしまわれました。どうなさったのでしょうか。修法で疲れはてて、消耗なさっていたためなのでしょうか、それとも、おっしゃっていたように、あらかじめ相手に正体を気づかれていたので、師の御坊の験力を封じるための処置がおこなわれていたのでしょうか。師の御坊は下を向いて大きな息をしておられますが、思うように動けないようです。わたくしは、一瞬、目の前が真っ暗になったような気がいたしました。

 そのとき、神主姿の光智さまが、
 「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たりや、ふるへ、ゆらゆら」
 

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とゆっくりと小さな声で唱え始められました。すると、天竺聖の呪文が止まりました。何度かその歌を唄われてから、
 「やまとは、くにのまほろば…」
 と、別の歌をゆっくりと歌い始められました。天竺聖の呪文が止まったので、動けるようになった師の御坊が、
 「美紗、千代、舞え、舞うのだ」
 と、苦しそうな声でおっしゃいました。わたくしと千代はゆるやかな歌声に合わせて舞い始めました。天竺聖は、放心したように舞を見ています。師の御坊がようやく立ち上がって、異国語で天竺聖に何事かを話しかけられました。天竺聖は黙って聞いています。光智さまは、さらに歌い続けられます。
 「ともしびに、われもむかわず、ともしびも、われにむかわず、おのがまにまに」
 光智さまは、高い声で、伸びやかに美しく唄われます。師の御坊は異国語で話し続けられます。北畠の人々は、呆れたように出来事を見ています。
 そのうち、天竺聖が何かを異国語で言いました。師の御坊がまた何かおっしゃいます。そうしてしばらく言葉を交してから、師の御坊は光智さまに向かって、
 「もうよろしいでしょう」
 とおっしゃいました。光智さまは最後に、
 「よどみしも、またたちかえる、いすずがわ、ながれのすえは、かみのまにまに」
 と唄いおさめられ、わたくしと千代も舞いおさめました。北畠の衆から一斉に拍手が起こりました。



 「いや、見事な歌と舞いであった。しかし、何が起こったのだ?」
 と顕能卿は問われました。
 「異国の神と日本の神が戦って、日本の神が勝ったのです」
 と師の御坊はおっしゃいました。
 「どういうことだ?」
 と顕能卿は問われるので、師の御坊は説明なさいました。

 「話をしましたところ、この男は、それほど深いことまでは知らなかったようです。つまり、神領地の民を魔法にかけて一揆を起せば、度会や大中臣の人々は一揆衆を殺して血を流すだろうと思っていたのです。そうして穢れたところに自分が入り込んで、魔法にかけた人々を使って伊勢の神々を取り除き、代わりに自分の国の神々を祭らせようとしていました。もちろん、度会氏や大中臣氏を取り除き、そこを北畠さまの領地にして、そこから全国を制覇しようと考えていました」
 「ふむ、しかし、伊勢の神々がおられなくなったのでは、もはや日本国ではないではないか」
 「その通りです。この男の狙いは、まさにそこにありました。北畠さまは、文永の役と弘安の役をご存じでございましょう。蒙古の侵入に対して日本の神々がお怒りになり、二度とも神風が吹いて、蒙古軍は全滅しました。そのとき、蒙古の人々は、この国の神々を亡ぼさない限り、日本を征服することはできないことを悟ったわけです」
 「ふむ」
 「そういうことがありましたので、わたくしは、この男が元の皇帝の回し者ではないかと疑っておりました。しかし、話をしてみると、そうでもないようで、日本の神々を亡ぼしてから、この男の故郷の神々を勧請しようと考えていたようです。それを日本の神々の代わりにこの国の神にして、日本の天皇を取り除き、自分が天皇になろうとしていたようです。そうして北畠さまを将軍にして、全国を支配しようと考えていたようです。そうなりますと、南朝だの北朝だのと言っている場合ではございませんでしたね」
 顕能卿はしばらく絶句しておられました。
 「あやうく日本国を亡ぼすところであった」
 師の御坊は言葉を継がれました。
 「しかし、この男は、最初のところで失敗したわけです。度会や大中臣の人々は、神領地のすべての財宝を奪われても、血を流そうとしませんでした」
 「どうすればよいであろうか」
 「異国人の行者にたぶらかされて、伊勢の神々を亡ぼし、皇室を取り除き、日本国を亡ぼそうとしたことが人々に知れますと」
 「私の面目はつぶれ、人々の心は私から離れ、朝廷からも激しいお叱りを受けるだろう。お叱りだけでなく、お家がとりつぶされるかもしれない。もちろんわが身も切腹、いや、切腹では済むまいな、打ち首になるだろう」
 「お父上の親房卿が書かれた『神皇正統記』を拝読いたしました。その一族から、このような所行をする子孫が出たとあっては…」
 「ご先祖へもとうてい顔向けができない。ああ、私はどうすればいいのだろう」
 「ですから、すべてを原状復帰して、なにもなかったことになさってはいかがかというのが、度会家と大中臣家からの伝言でございます。そうすれば、度会家と大中臣家では、このたびのことはなかったことにすると言っています」
 「わかった」
 「一揆衆が持ち込んだすべての財物をお返しくださいませ。できればすこし色をつけていただけると」
 「わかった」

 顕能卿がそう言ったとき、
 「早馬がまいりました」
 という言葉があって、一人の武者が幕の中に入ってきました。
 「津で熊野水軍が暴れております」
 師の御坊はおっしゃいました。
 「軍使にまいりましょうか。騒ぎを大きくすると、今回のことが天下に知れてしまいます」
 顕能卿は、
 「いや、こちらにも律僧がいるので軍使を出そう。海賊のことだから、なにがしかの財宝をやれば、手を引くだろう」
 と言って、ため息をつかれました。そのときまたもや、
 「早馬がまいりました」
 という言葉があって、別の武者が幕の中に入ってきました。
 「伊賀に近江の佐々木勢が攻め入りました」
 顕能卿は、
 「なんということだ」
 と頭を抱えられました。
 「わたくしは佐々木道誉さまとはすこしご縁がございますので、私が行けば丸く収まると思います。ただし、多少の領地の割譲は認めていただきませんと」
 と師の御坊はおっしゃいました。
 「しかたあるまい。家老をひとりつけて、そなたと一緒に使わすので、よろしくとりまとめてくれ」
 と顕能卿は肩を落として言いました。そして、突然思い出したように、振り返って天竺聖を指さし、
 「その男を打ち首にせよ」
 と言いました。師の御坊は、
 「お待ちください。殺生はいけません。先ほど説き聞かせましたので、この男も反省していると思います。できれば、わたくしにさげ下していただけませんか。まっとうな日本人になるように、教え導こうと思います」
 とおっしゃいました。
 「わかった。そなたに下げ渡そう。どこへなりと連れて行くがよい」
 と顕能卿は言いました。



 北畠家の家老の藤方喜泰という人とその家来二人が、師の御坊について佐々木方へ使者に行くことになりました。馬を貸してくれたので、わたくしたち四人も馬に乗り、天竺聖も馬を借りてついてきました。佐々木軍がいる名張へ向かう道には桜が咲き始めていて、奇妙に静かな日でした。山々には春の霞が出て、雲雀も鳴いておりました。

 「ニホンノ、カミガミワ、オソロシイ」
 天竺聖はたどたどしい日本語で師の御坊に言いました。
 「それはわれわれが日本にいるからだ。そなたの国へ行けば、そなたの国の神が強い」
 と師の御坊はおっしゃいました。
 「日本の国は、人と神とが一緒になって守っている。それはどこの国でもそうなのであろう。そうでなくなって、神々がいなくなると、国は滅びて、外国に併合されてしまう」
 「ワタシノ、クニハ、カミガミガ、いすらむニ、ホロボサレタヨ」
 と天竺聖は悲しそうに言いました。
 「そなたは、日本を元に売り渡す気でいたのか」
 と師の御坊がおっしゃると、
 「ソウデハナイ。ワタシノ、クニノ、カミヲ、マツッテ、ワタシノ、クニニ、シヨウト、オモッテイタ」
 と天竺聖は言いました。
 「日本の神々は、そなたの国の神々も受け入れてくださる。だから、そなたが祭ればいい。そうして、そなたの国の神々は、日本の神々になればいいのだ」
 「ソレハ、ドウイウ、コトダ」
 「日本に住むなら、日本人になれ。人間もそうだが、神々もそうだ。日本に住むなら、日本の神にならなければならない」
 「日本ニ、スミタイ。コノクニハ、ウツクシイ」
 「それだったら、自分の神々と一緒に、日本の神々を拝め。日本の人も日本の神も、日本人として暮らすことに決めたものは受け入れる」
 「ワカッタ、ソウスル。ワタシワ、マチガッテイタ」

 その日の夕刻には、名張郊外に陣を張った佐々木の軍勢が見えてきました。陣幕の中に入ると、佐々木の殿が座っておられました。金襴の鎧で、それはそれは美しい軍装でした。
 「ご無沙汰しております」
 と師の御坊が挨拶されると、
 「おお、このたびはご苦労であった」
 とおっしゃいました。その後、北畠殿の家来と交渉があって、領地の割譲が決まったようです。約定書が書かれたのはもう暗くなってからのことでした。藤方殿は、名張の味方の家に泊まるというので去っていかれました。
 「戦わずして領地を手に入れた。いったいどういうことになっておるのだ」
 と佐々木の殿はにこにこしながらおっしゃいました。
 「それは、城に帰ってからゆっくりとお話をいたしましょう」
 ヤングヴェルサーチ ワンピース カジュアルドレス 結婚式用 ベビー【Young Versace safety pin pと師の御坊はおっしゃいました。

 その夜は宴になって、かがり火が赤々と焚かれ、光智さまと千代が唄い、わたくしが舞いました。

  四海波静かにて
  国も治まる時津風
  枝をならさぬ御代なれや
  あひに相生の
  松こそめでたかりけれ
  げにや仰ぎても
  こともおろかやかかる代に
  住める民とて豊かなる
  君の恵みぞ有難き
  君の恵みぞ有難き

 舞いおさめると、佐々木の殿がおっしゃいました。
 「浄阿、巫女姿も美しいのう。どうだ、おれと寝んか」

= 完 =

# by tarakyoko | 2016-11-29 21:05 | 文学

影の炎(6)

第六部 伊勢



 すこしずつ春になってきましたので、ある日、今後の作戦について話し合いをいたしました。
 「わかっていることは少ない。北畠殿のところに天竺聖が入ったというのは、確実だと考えてもよさそうだ。次にかの者がどのように動くかは予測がつかないが、この前のやり口から見ると、北畠殿をたぶらかして、どこかの荘園の百姓衆を扇動し、彼らに一揆を起させて、どこかを攻めるというやり方だろう。攻める先は、まず間違いなく伊勢の神領地であろうと思う。これ以上のことは、現地に入らないとわからない」
 と師の御坊はおっしゃいました。
 「問題は、伊勢に着いてから、どこを頼るかだ。われわれだけではなにもできない」
 と師の御坊はおっしゃいます。
 「度会(わたらい)はどうでしょうな」
 と光智さまがおっしゃいました。
 「外宮の神主の度会家ですか。それはよいかもしれません」
 と師の御坊はおっしゃいました。
 「宮川より東の伊勢神領地は守護不入の地で、北畠氏であれ誰であれ、兵を率いて立ち入ることができません。ですから、われわれも安全に通行できましょう。また、内宮の大中臣家は仏法を嫌いますが、外宮の度会家は仏法に寛容です。しかも、神宮寺である常明寺は、度会の一族が管主を務めています。修法のためにそこを貸してもらえるとすれば、大変都合がよい」
 と、師の御坊はおっしゃいました。
 師の御坊とすっかり仲良しになった海賊の清水余三郎殿も同席していましたので、
 「熊野本宮の九鬼さまに添え状を書いてもらうのはどうかね」
 と言いました。
 「おお、それは妙案かもしれない。九鬼殿と度会家とは深いつながりがあるでしょう。九鬼殿に添え書きをいただけば、話はかならずうまく進みます」
 と師の御坊はおっしゃって、それで話は決まりました。
 「伊勢に着いたら、私が度会殿と話をしている間に、北畠殿の様子を探って来てくれないか。無理をしない範囲でいいからな」
 と師の御坊がおっしゃいますので、
 「やってみます」
 とお答えしました。

 船出は二月の二十日前後がいいだろうということになりました。そのころになると、冬の北風もおさまって、海も穏やかになるだろうということです。清水殿や水夫たちは一緒に行くわけですが、女たちも交えて別れの宴をすることになりました。夕食を食べてはならない出家がいるので、昼前から始めて、いつものように千代が唄って私が舞って、酒を飲む者は飲み、菓子を食う者は食い、賑やかに祝宴をいたしました。その日をかぎりに、わたくしは女装をやめて、男の衣装に戻りました。男どもが残念がりましたが、実はわたくし自身がいちばん残念であったかもしれません。
 別れの宴はいたしましたが、かといって、翌日に出帆というわけではなく、風と汐の様子を見ながら、最適の日を待ちます。結局、二月二十二日に、勝浦の港を出て、伊勢の鳥羽に向かいました。途中いくつかの港に寄りながら、さまざまの荷を仕入れて、伊勢で売って、帰りは伊勢で品物を仕入れて途中の港で売ります。初めのうちは黒潮で揺れましたが、尾鷲の三木崎を過ぎたあたりから海はおだやかになり、春の光がさしてのどかな航海でした。左手に見える陸地は、まだ冬の色でしたが、所々に辛夷と思われる花が咲いていました。

 出発前に、光智さまは、
 「また船に乗るのですか。陸路というのは無理ですか」
 と泣き言をおっしゃいました。師の御坊は淡々と、
 「陸路は戦乱がありますので無理です。船に乗るか、ここに留まるか、どちらかしか選べません」
 とおっしゃいました。それで、光智さまは、しかたなく船に乗る方を選ばれました。
 師の御坊は光智さまに、
 「船酔いをしそうになったら、この丸薬をお服みなさい」
 と、緑色の粒を渡されました。
 「これはなんでございますか」
 光智さまが尋ねられますと、
 「秘伝の妙薬です。『不空羂索神変真言経』という経文に書かれておりました。名前は書かれていなかったのですが、神変丸とでも呼びましょうか」
 とおっしゃいます。
 「ちゃんと、不空羂索観音の加持も込めておきました。霊験あらたかであろうと思います」
 ともおっしゃいます。
 後で、光智さまがおられないところでお聞きしたところによると、なんのことはない松葉を乾かしてすりつぶして固めたものなのだそうです。けれども、この丸薬のお陰で、光智さまは今回は船酔いに苦しまずにおれました。松葉が効いたのか、不空羂索観音のお加持が効いたのか、それとも師の御坊のおっしゃりようが効いたのか、海がおだやかだったからか、わかりません。いえいえ、そんなことを申してはいけませんね。観音さまのご加護でございましょう。



 やがて船は、伊勢の鳥羽の港に入りました、三月二日の朝のことでした。大汐の日でしたので、汐の流れが速く、しかも急に方向が変わることがあって、手練れの海賊たちでも、港につけるのがなかなか難しかったようでございます。ようやく港に入りますと、わたくしは皆に暇乞いをして、船を離れました。ここから北畠氏の本拠地である多気の霧山城へ行って様子をうかがいます。
 鳥羽から宮川までは二里半ほどですから、走れば二刻あまりで着くのですが、昼間は人目があるので、行商人のような格好をしてブラブラと歩くしかありません。隠形の術はどうかというと、走るとどうしても息があがるので難しいのです。伊勢本街道を西に進んで、やがて宮川の橋が見えました。そこを渡ると、北畠の領地です。渡ってすぐに関所があるのが見えましたので、やっかいだと思い、すこし上流まで行って泳いで渡りました。それからまた伊勢本街道にもどって、行商人の格好で歩きましたが、笠をかぶって顔が見えなかったこともあり、不審がられずに済みました。鳥羽から多気の霧山城までは十二里ほどあります。歩いているうちに、日が暮れてしまいました。しかもその夜は闇夜でした。月夜だと夜に走るのですが、さすがに影の者でも闇夜では道が見えません。森の中で落ち葉にくるまって寝ましたが、三月になったばかりの夜は、影の者にも寒うございました。
 翌日の朝早くに霧山城が見えました。その手前にまた関所がありますので、今度は山の中に入って、尾根の木こり道から近づきました。城はかなり高い丘の頂にある館で、麓に城下町が広がっています。ものものしい警戒ぶりで、城にはそう簡単には近づけそうにありません。しかし、町には人が普通に歩いています。まだ臨戦態勢というわけではなさそうです。望気をすると、町の一部に妙な邪気があります。
 「ははあ、あれだな」
 と思い、隠形の術を使ってそこまで行ってみると、金剛座寺という寺があって、その奥でなにやら物音がしています。隠形のままで中に入ってみますと、堂内に天竺聖と思われる白衣の行者の姿が見え、そのまわりに何人かの僧侶と侍が控えています。向こうを向いておりますので顔は見えませんが、たしかに金髪であることを確かめて、これだけ見れば十分と思い、また山の中に潜り込んで関所をやりすごし、伊勢本街道に戻って宮川まで行って、また泳いで渡り、三月三日の午後に外宮に着きました。師の御坊は常明寺で待っているとおっしゃったので、山門を入り、庫裏で聞いてみると、一人の僧侶が出てきて、僧坊の一室まで案内してくれました。そこに、師の御坊と光智さまがおられました。
 「ただいま戻りました」
 とお二人に挨拶しますと、
 「ご苦労であった。さて、様子はどうか」
 と師の御坊はおっしゃるので、霧山城の金剛座寺にたしかに天竺聖がいること、警戒は厳重であるが、まだ臨戦態勢ではないことなどを伝えました。話が済んで、
 「千代はどこにおりますか」
 と尋ねますと、
 「お願いして、隣の部屋も貸してもらった。そなたもそこで休むがよかろう」
 とおっしゃいました。
 safety vans p:Pasteru 結婚式用 ベビー 送料無料 ヤングヴェルサーチ patagonia 店ヤングヴェルサーチ 結婚式用 White calvinklein ワンピース pin ワンピース カジュアルドレス ,Pink ベビー 【Young Versace カジュアルドレス「そうそう、ひとつ頼みがある。明日の朝から修法を始めようと思う。千代と一緒に市に行って、花と菓子を買ってきてくれまいか」
 となりの部屋に行きますと、千代はおりません。外へ行ったのかなと思って、境内に出ると、山門のところに腰掛けておりました。わたくしが山門を入ったのと入れ違いに出てきたのでしょう。私を見つけると、喜んで手を振って、話しかけてきました。
 「ねえねえ、お姉ちゃん、どうだった、どうだった」
 「なにがさ」
 「ええとね、まず霧山城」
 「山の上にある城で、山の上が砦で、麓が町になっている。なかなか堅固な城だな。あれはなかなか攻め落とせないよ」
 「ふうん、それで、天竺聖はいたんだ」
 「いたいた」
 「どんな風なの」
 「髪の毛が金色なんだよ。それに目が碧い」
 「へえ、そうなんだ。そんな人間がいるんだねえ」
 と、こんな風で際限がありません。まったく子どものおしゃべりです。いつまでもつき合ってはおれないので、
 「阿闍梨さまに、供え物の花やお菓子を買いに市に行くようにいいつかったんだけど、一緒に行く?」
 と尋ねると、喜んで、
 「行く行く」
 と言いました。
 「伊勢の町をゆっくり見たかったんだ」
 とも言います。物見遊山気分でいるようです。

 このあたりは年中市が立っております。いまは戦乱がひどくて客が少ないので開いている店も多くないのですが、それでも花と菓子とは揃えることができました。千代は大喜びで、なんだか自分用に櫛のようなものを買っておりました。
 そうして二人が常明寺に帰って境内に入ると、山門の上から黒いものが降ってきました。また例の影の者です。今日は折悪しく刀をもっておりません。千代を後ろにかばって身構えますと、
 「戦いに来たのではない、話をしに来た」
 と言います。
 「なんだ」
 と尋ねますと、
 「先ほど、お前たちがしゃべっているのを、この山門の上で聞いていた」
 と言います。まったく用心せずに大声でおしゃべりしていたので、この男の気配に気がついていませんでした。向こうに殺す気があれば、殺されていたところです。
 「お前たちのあるじは、どうしようとしているのだ」
 「ここで祈祷をしようとしている」
 「それでどうするんだ」
 「北畠殿の陰謀を食い止めようとしている」
 「ほう、北畠に敵対するのか」
 「まあ、そうだな」
 「じゃあ、味方だ」
 「味方?」
 「そうだ。おれは、光厳院が南朝に味方しないように見張っていた。北畠は南朝方の武将だ。それに敵対するなら味方だ」
 「あるじは誰だ」
 「将軍家だ」
 わたくしは驚きました。しかし、考えてみると、驚くことは何もなかったのです。将軍家だって影の者を使うでしょうし、その影の者に命じて上皇たちの様子を見晴らせるくらいのことはするでしょう。
 「わたくしのあるじは佐々木道誉さまだ」
 「なんだ、それではまったくの味方ではないか。はじめからわかっておれば、ここまで手間をかけることはなかった。あの坊さんたちに会わせてくれないか」
 と言います。目を見ると大丈夫そうなので、承知しました。

 師の御坊の部屋へその男を連れて行きますと、男は挨拶をして、
 「田代弥五郎と申します。将軍家に仕えております。光厳院さまを見張っておりましたが、お味方とわかりましたので、その旨、将軍家に報告をいたします。なにかご伝言があれば、お伝えいたします」
 と言います。師の御坊は驚いておられましたが、やがて、
 「北畠殿が、天竺聖という異国の行者と組んで、伊勢の神領地を攻めようとしておられます。できれば、背後を脅かしていただけると、こちらへの力が弱りますので、助かります。将軍家おんみずからは難しうございましょうから、近江の佐々木氏に命じていただければ、道誉さまは動いてくださると思います」
 とおっしゃいました。
 「戦はいつごろ起こりますか」
 と弥五郎が尋ねますと、
 「早ければ今月の十五日」
 とおっしゃいます。
 「心得ました。将軍家へはわたくしから申し上げますが、佐々木殿への書状をお願いできますか」
 と弥五郎は言いますので、師の御坊は佐々木の殿にあてた手紙を書かれました。弥五郎はそれをいただくと、簡単な礼をして、風のように去って行きました。

 「どの道を通っても、京への道は南朝方のど真ん中を突っ切りますから、そう早くは効果は出ないでしょう」
 とわたくしは申しました。
 「そなただと、どれくらいかかるか」
 とおっしゃいますので、
 「ここからだと、亀山から甲賀に抜けて草津に出る道と、伊賀から大津に出る道とがありますが、弥五郎殿は伊賀者ですから、伊賀を通る道を選ぶのではないかと思います。もっとも、伊賀も今は北畠氏の領地になっているようですから、ちょっと大変かも知れません。そろそろ月が明るくなりますので、夜も走るとすると、伊賀までが一日、伊賀から都までが一日というところでしょうか。ただしこれは、昼間の警戒が緩い場合の話です」
 と申し上げました。
 「ほう、ここから都まで二日でいけるのか。われわれが歩くと、七日から十日はかかるだろう」
 と、師の御坊は感心なさいました。
 「影でございますし、それに弥五郎殿は中忍でございますから」
 と申しますと、
 「中忍とはなにか」
 とおっしゃいます。
 「わたくしは下忍でございます。佐々木殿のところだと竹斎殿が中忍でございます。普通は、中忍は、大名家に仕える忍者の取り締まりをしております。上忍は甲賀あるいは伊賀の里にいて、全体の差配をしております」
 「なぜ中忍とわかるのか」
 「姓を名告ったからでございます。わたくしにも姓はありますが、人前で名告ることはいたしません」
 「なるほどなあ。で、中忍だとどうなのだ」
 「術の熟達が違います。それに、自分で決められる範囲が広いのです。弥五郎殿が阿闍梨さまに会おうと決めたのは、中忍だからできたことでございます。わたくしでしたら、そんなに大きな方針の変換は、すくなくとも阿闍梨さま、ひょっとすると佐々木の殿に伺いを立てなければできません」
 と申し上げると、
 「なるほどなあ。影の世界も大変なのだな」
 と、妙な感心のされかたをしてしまいました。

 「それはそれとして」
 と、師の御坊はおっしゃいました。
 「清水殿の船はまだ鳥羽にいると思う。ちょっと行って、出帆を待ってもらえるように頼んでもらえまいか」
 「ええ、また走るのでございますか」
 と申し上げますと、
 「すまないな」
 とおっしゃいます。ちょっと考えまして、
 「度会さまに赦免状を書いていただくというわけにはいかないでしょうか。昼間に道を走っていて不審に思われて尋問されたときに見せるためです。伊勢の神領地の中であれば、度会さまの赦免状は効果があると思います」
 と申し上げました。
 「心得た」
 と言って師の御坊は出て行かれ、しばらくすると帰ってこられました。
 「度会の本家ではなくて、常明寺の赦免状だが、これで十分だろう」
 と言って、畳んだ書状をくださいました。正面に常明寺の印が押してあります。
 「これがあれば、人々は常明寺の使者だと思うので、走っておろうが何をしておろうが、怪しまないだろう」
 「これで簡単に鳥羽を行き来できます。ところで、いつごろまで待っていただけばいいのですか」
 とお尋ねすると、
 「一揆は満月の晩に起こる。だから、三月十五日だ。今日は四日だな。佐々木殿が間に合ってくれればいいのだが」
 と師の御坊はおっしゃいました。さらに付け加えて、
 「よいか、一揆が起こってから動くのだ。だから、三月十六日以後だ。しかもここは神領地だから、熊野の海賊も武装しては入れない。もしここで血を流したら、とんでもない災厄が起こる。だから、船を津の方へ回して、北畠殿の領地を直接に攻撃してほしいと伝えてくれ。なに、本気で攻撃することはない、敵の勢力を散らせばそれでいいのだ」
 とおっしゃいました。



 赦免状を木の板に結びつけ、さらにそれを仕込み杖に結びつけて、それをかついで走りました。道行く人は振り返りましたが、常明寺の印を見ると、何でもないような顔をして、そのまま立ち去って行きました。効果絶大です。
 熊野水軍の船はまだ港におりました。
 「清水さま、阿闍梨さまから伝言がございます」
 と言って、三月十六日ごろから津のあたりで騒ぎを起してほしいという旨を伝えると、
 「戦かい。それは面白いね。帰るのは延期しよう。しかし、熊野水軍も形式上は南朝方だ。北畠さまに弓を引くと、後でやっかいなことになるかもしれないな。ま、いいか、後は誰かがなんとかするだろう」
 と言って、引き受けてくれました。
 「じゃあ、頃合いになったら船を適当なところへ回すから」
 と言って、面白そうに笑いました。真っ黒な顔の真ん中で白い歯が目立ちました。

 翌日の未明から、師の御坊と光智さまは修法を始められました。それから七日目のことでございますから、十二日のことです、
 「験(しるし)があらわれない。敵に気づかれているのかも知れない」
 と不安そうにおっしゃいます。
 「験というのは、どういうものでございますか」
 とお尋ねしますと、
 「小さなものとしては、たとえば夢がある。大きなものとしては、たとえば雷がある。もっと大きなものとしては、地鳴りなどがある。別に雷や地鳴りまではいらないが、せめて吉夢を見たいものだ。しかし、そういうのがまったくない」
 とおっしゃいました。
 「どうしてなんでございましょうね」
 とお尋ねすると、
 「わからぬ。とにかく修法を続けるしかない」
 とおっしゃいました。以前に近江国で修法をなさったときはわたくしが侍者を勤めましたが、今回は光智さまが侍者を勤めておられます。みずから願われたということです。この寺の僧たちも何人か手伝いに入っています。その結果、かなり大きな修法会になっています。

 十三日の夕刻に、田代弥五郎殿が帰ってこられました。
 「将軍家にもお伝えしましたが、やはり兵を動かす力はないということで、佐々木殿にお願いにあがりました。いや、実は、そんなことだろうと思って、先に佐々木殿に参りました。それが五日のことでございます。佐々木殿は、ただちに出陣すると言っておられました。おっつけ伊賀の方へお出まし下さるでありましょう」
 「間に合えばよいが」
 と師の御坊はおっしゃいました。かなりお疲れのご様子でした。今日からは不眠不休で祈祷するとおっしゃって、堂内に入ってゆかれました。

 十四日も験はなかったようです。師の御坊はずっと堂内で祈祷をしておられます。とうとう十五日になりました。昼間は普段と変わらなかったのですが、夜になって月が出ると、町中がざわつき始めました。わたくしは町に出てみました。宇治の町も山田の町も、道という道に人が溢れています。ひとつの群についていきますと、神社に入っていきます。すでに境内には多くの人が集まっています。間違いなく一揆です。
 月が高く昇ったころですから、戌の刻くらいでしょうか、人々の前にひとりの男が進み出ました。全身白装束で、白い鉢巻きをして、髪を後ろでくくって長く足らしています。右手に六尺棒を持っています。伊勢の神人(じにん)です。寺でいうと、僧兵にあたるものです。なにやら呪文のようなものを唱えています。やがて人々も一緒にその呪文を唱え始めました。
 「おん、ふるふる、てたてた、ばんだばんだ、はなはな、だはだは、あむるて、ふん、ぱっ」
 大津で聞いたのと同じ呪文です。人々の多くは長い棒を持っています。その棒で、一節終わるたびに地面を突きます。地響きがするほどの猛々しさです。そのたびに、呪文の声は大きくなります。
 「おん、ふるふる、てたてた、ばんだばんだ、はなはな、だはだは、あむるて、ふん、ぱっ」
 突然、呪文がやむと、前に立っている神人が、なにやら紙を取り出して、意味不明の呪文を読み上げました。
 「あんなん、わあ。あたああ、わあ。ぱあなん、やあ。きんちい、ばしゃいぇ、てい」
 という風に聞こえました。すると人々は、
 「おおっ」
 と叫んで、一斉に棒で地面を突きました。
 「うぃんむう、たあ。まあなあ、さあ。よおげん、やあ。うぃでわあ、ぱりかあ、やあ」
 ベビーファッション-キッズ·ベビー·マタニティ-「おおっ」
 というように、しばらく同じことが続きました。
 呪文が終わると、神人は紙に火をつけて燃やし、その灰をそばにあった瓶の中に水にとかしました。それを柄杓で汲みだして、みんなに振りかけています。
 「おおっ、おおっ」
 と人々は叫び、その都度棒を地面に突き立てました。そして、
 「おん、ふるふる、てたてた、ばんだばんだ、はなはな、だはだは、あむるて、ふん、ぱっ」
 という呪文を、いっそう声高に唱え、歩き始めました。

 これは大変なことになったと思い、常明寺にとって返しました。あちこちの神社から叫び声が聞こえてきます。伊勢の町々が完全に占領されている感じです。師の御坊が修法をされている愛染堂に行きました。前に真っ赤な愛染明王がおられ、その前で護摩火を焚きながら、師の御坊と数人の僧が修法を勤めておられます。
 「一揆が起こりました」
 と申し上げると、真言をやめられ、
 「だめだったか」
 とおっしゃいました。
 「今回は、敵がこちらの存在を知っていたのがいけなかったんだろうな」
 とおっしゃって、どっと崩れて、その場で眠ってしまわれました。文字どおり不眠不休で修法をなさっていましたから、お疲れが一気に出たのでしょう。

 やがて、
 「おん、ふるふる、てたてた、ばんだばんだ、はなはな、だはだは、あむるて、ふん、ぱっ」
 という呪文が町中にこだまして、人々が度会家の米倉などにおしかけ、中のものを運び出していきます。度会の家人は、
 「血を流してはならん」
 と声を掛け合いながら、一揆衆を止めようとしていますが、まったく手に負えません。そのうち、神人がやって来て家人を見つめて呪文を唱えると、目が死んだように変わり、一揆衆に混じって、
 「おん、ふるふる、てたてた、ばんだばんだ、はなはな、だはだは、あむるて、ふん、ぱっ」
 という呪文を唱えながら、掠奪に参加します。
 一揆衆は米や布を車に積んで、宮川の方へ運んでいきます。後をついていきますと、橋の向こうには、北畠の軍勢が勢揃いしています。一揆衆は車を引いて北畠の軍勢に荷物を引き渡すと、空になった車を牽いて戻ってきます。そうしてまた次の掠奪をするのです。しかし、刀も抜かれませんし、火もつけられません。月明かりの下で、いわば粛々と、掠奪がおこなわれています。奇妙な風景でございました。
 一揆衆は常明寺へもおしかけました。見ておりますと、ただ蔵へ行って米や布を集めるだけで、その他の物には手を出しません。抵抗しない人間は、まるで存在しないかのように無視して通ります。神人がいても、一揆衆の指図に忙しくて、わたくしどものことは気にしません。それはきわめて不思議な風景でございました。
 愛染堂に行って、師の御坊をお起こしして、そのように申し上げますと、
 「静観するしかないのだろうな。しかし、次はどのような手に出るのだろうか」
 とおっしゃいました。そのようにして、その夜は過ぎました。千代だけは元気で、
 「ねえねえ、お姉ちゃん、次はどうなるの」
 とはしゃいでいました。

# by tarakyoko | 2016-11-29 14:52 | 文学

影の炎(5)

第五部 熊野



 実際、そういうことになったのでございます。
 翌々日のことでございました。淡路島が見えなくなりましたので、ずいぶん南に下ったのでございましょう。夕方になると、海はすっかり凪いでしまいました。そうなると、水夫たちは仕事がありません。風が出るか、汐が流れるかまでは、なにもすることがないのです。櫂で漕ぐことはできますが、今夜は月がありませんので、それもできません。そこで、櫂を出して、岸近くに寄せて、碇を下ろしました。

 まだ夕闇が来る前のころ、ある水夫がいきなりわたくしの手を取って、抱き寄せようとしました。そこで、膝で股間を蹴り上げてやりました。これはコツがありまして、やんわりと蹴り上げる方が効くのでございます。その男がうずくまると、男たちが一斉に襲いかかってきました。後ろの方で船長は笑って見ています。もっとも、師の御坊も笑って見ておられました。ただ、光智さまだけは、震え上がって、合掌してお経を唱えておられます。
 千代はというと、奇妙な動きをして、男たちをつぎつぎとなぎ倒しております。低い姿勢になって、体がゆるやかに回り、そのまわりを手足がまるで鞭のように動くのでございます。それが的確に男たちの急所を攻撃します。そんなに激しく殴るというのではなくて、おもに掌で、ときには手の甲で、まるで撫でるように触るのでございますが、男たちが吹っ飛ぶのでございます。
 「千代、それはなんだい」
 と尋ねますと、
 「八卦掌といって、支那の拳法だそうだよ。おじいさまに習ったのさ」
 と言います。珍しい武術があるものでございます。
 わたくしはと申しますと、片っ端から張り倒し蹴り倒しておりましたが、中々の人数で、面倒になりましたので、そのあたりに置いてあった刀を抜きました。師の御坊が笑いながら、
 「殺生するではないぞ」
 とおっしゃいました。
 「心得ております」
 と言って、男たちの褌を片っ端から斬ってやりました。そうして男たちが前を押さえている間に、飛び回って髷のもとどりを斬りました。髪を切らずに、ただもとどりだけを斬って見せました。何人か斬ってから、
 「次はそこにぶらぶらしている醜いものを斬り落とすことにする」
 と言って、左手でぴたっと男たちの股間を指さし、右手で不動明王のように八双に刀を構えますと、男たちが土下座をし合掌して、
 「許してくだされ」
 と頼みます。
 船長が、
 「いや、これは恐れ入った。無礼をどうか許してくれ。こんな剛の者には、これまで出会ったことがない」
 と言い、跪いて許しを請いました。
 「武将に高く売り飛ばすって」
 と言ってやると、
 「いやいや、とんでもない。あれは冗談だ。どうか忘れてくだされ」
 と言いました。
 「いかがいたしましょうか」
 と師の御坊に尋ねますと、
 「痛い目に遭わせたことをお詫びしておきなさい」
 とおっしゃいました。一瞬、それはないんじゃないかとも思いましたが、なるほどそういう考えもあるなと思いなおし、刀をおさめて、
 「痛い目に遭わせてすまなかった」
 とあやまりました。水夫たちは一斉に、
 「いえいえ、とんでもござりませぬ。われわれが悪うござりました」
 と、額を甲板にすりつけてあやまりました。

 しばらくして、船長がやってきて、
 「先ほどは無礼をしてしもうた。しかし、このような強い女子(おなご)は見たことがない。名告ってくれぬか」
 と言いました。
 「清水殿、これは美紗というのだが、影の者だよ」
 と師の御坊がおっしゃいました。
 「なんと、ご出家が影の者を使っているのか。これは珍しい」
 と船長は言いました。師の御坊は笑われて、
 「たしかに珍しい」
 とおっしゃいました。
 船長は水夫たちにむかって、
 「いいか、この方々はおれの客人だ。無礼なことをする者がおれば、海に叩き込んでやる。わかったな」
 と大声で叫びました。水夫たちも大声で、
 「おう」
 と応えました。
 これ以後、師の御坊と船長はすっかり打ち解けて、あれこれ熊野界隈の話をしておられました。

 光智さまはどうかというと、すっかりすくんでしまわれて、それ以後は甲板に出て来られず、船倉の奥で念仏を唱えて一日を暮らしておられます。あるとき、
 「光智さま、どうなさったのでございますか」
 と申し上げますと、
 「昔のことを思い出してしまうのだ。北条氏が滅びるときのことだが、私は六波羅探題と一緒に都を落ちて、鎌倉に向かったのだ。近江の国に番場の宿というところがあって、そこまで足利の者たちが追ってきて、結局、そこで北条の者たちは全員自刃したのだ。その数、四百人もおっただろうか。私は、いまもそうだが、そのときもまったく無力だった。ただ震えておったよ。あたりは文字どおり血の海だった」
 「それは、蓮華寺という寺でございましょう」
 「なぜそなたは知っているのか」
 「浄念阿闍梨は、しばらくそこに住まわれて、北条の侍たちの供養をなさったのです」
 「おお、そうであったのか。それは知らなかった。御礼を申し上げなければ」
 「その必要はございませんでしょう。浄念さまは、あなたさまが今なさった話を、あなたさまのことまで含めて、よくよくご存じの上で、あの寺におられたのです」
 そう申すと、光智さまは合掌なさり、また念仏を唱え続けられたのでございます。
 「甲板にあがりませんか。こんなところにおられますと、ますます気が滅入ります」
 と申し上げても、けっして甲板には上がられませんでした。

 千代は、水夫たちとすっかり仲良しになっておりました。
 「千代姫は強いのう。うちの娘にも、あの武術を教えてもらいたいものじゃ」
 などと言って機嫌をとっております。気をよくした千代は、よく歌を唄いました。

  ここは熊野の海なれや
  みずからよしなくも
  及ばぬ恋に浮き舟の
  焦がれ行く
  旅を忍ぶの摺り衣
  旅を忍ぶの摺り衣

 水夫たちはやんやの喝采で、次から次へと歌をねだりました。わたくしも機嫌を良くして、ときどき舞って見せました。そうしてのどかに日々が過ぎてゆきました。

 やがて船は枯木灘に入り、さらに串本の岬を回りました。突然海が荒くなって、たいした風もないのに揺れます。これが黒潮でございましょう。甲板にいると波しぶきがかかるので、船倉にいることが多くなりました。気の毒なのは光智さまで、すっかり船酔いをしてしまわれて、青い顔をしておられます。胃の中に吐くものがなくなってしまっても、なお吐き気があるようです。横になるとかえって苦しいとおっしゃって、うずくまっておられます。食物も咽を通りませんし、水もあまり飲めません。お気の毒でございましたが、どうしてあげようもございませんでした。



 翌々日だかの午後に、船は入り組んだ湾の中に入ってゆきました。波はすっかりおだやかになって、美しい島々が見えます。久しぶりに甲板に出てみましたが、天気もよく晴れており、空は深い碧さで、海はさらに暗い色に碧く、島々の木々の緑が美しく白波に映えておりました。
 「勝浦だ」
 と船長が言いました。
 「おお、着いたのか」
 と師の御坊がおっしゃいました。船倉にいる光智さまに向かって、
 「着きましたよ。出ていらっしゃいませ」
 と言いました。光智さまは、ふらふらと出て来られました。島々の風景を見て、
 「おお」
 とおっしゃいます。
 「なんと美しいことだ。このようなところがあったのだな。陸(おか)に上がって元気になれば、久しぶりに歌を詠んでみようか」
 とおっしゃいました。
 「それはよろしいな」
 と師の御坊はおっしゃいました。
 「勝浦には温泉がある。ゆっくりするとよかろう」
 と、水夫を指図するのに忙しい船長が、わざわざこちらを向いて叫びました。そうして船は勝浦の港に入っていきました。

 勝浦の港に上がると、光智さまもすっかり落ち着かれました。船酔いは陸(おか)にあがったとたんに忘れてしまうものなのです。船長の清水余三郎殿が、その夜は自分の家に泊まれというので、まいりました。夕方でございましたが、薬石ということで、飯と味噌をもらって、光智さまに召し上がっていただきました。四日ぶりか五日ぶりの食事です。海の上では日にちがわからなくなると申しますが、本当でございます。ちなみに、その日は、十二月の三日でございました。
 「船は春の風が吹くまでは出せない。それまで、ここにいてもいいが、どうする」
 と清水殿は尋ねました。
 「ご厄介になってよければ、そうさせていただこう」
 ということで、男部屋一つと女部屋一つをあてがわれました。その夜は、近くにある温泉にまいりました。体中が潮でべとべとしておりましたので、ほんとうに気持ちよく汗を流すことができました。

 翌朝、青岸渡寺に向かいました。青岸渡寺は山の中腹にある寺で、那智の滝がすぐそばに見えます。庫裏へ行くと、役僧が出てきましたので、師の御坊は四天王寺の領快さまからの書状を手渡しました。役僧は、
 「しばらくお待ちくだされ」
 と言って奥に入り、やがて出てきて、
 「どうぞお入りくだされ」
 と、師の御坊と光智さまを招き入れました。私と千代は滝を見に行くことにいたしました。
 滝に向かって歩いておりますと、いきなり木の上から黒いものが降ってきました。
 「千代、手を出すんじゃない」
 と言って、杖に仕込んでいた刀を抜きました。黒いものは男の姿になり、やはり杖に仕込んでいる刀を抜きました。数合打ち合いましたが、勝負がつきません。男はひるがえって逃げようとしましたので、懐に入れていた縄を投げて、足にからませました。男は転倒しましたので、すばやく関節をとって押さえつけました。
 「難波からここまで、ご苦労さまなことだ」
 と言うと、
 「知っておったのか」
 と言います。難波で光智さまをつけていた影の者です。
 「すこし話をした方がよくはないか。殺し合わねばならぬ理由がわからぬ。わかれば殺し合ってもよいがな」
 と言うと、
 「まあ、それもそうだ。手を放してくれ」
 と言います。
 襲いかかられてはたまらぬと、手を放して飛び退きましたが、男はゆっくりと立ち上がって、こちらを向きました。
 「お前たちはどうして光厳院についているのか」
 と尋ねますので、
 「それは違う。光智さまがわれわれについている」
 と答えました。
 「それはどういうことだ」
 「師の御坊が熊野へ行くとおっしゃったら、他に行くあてもないというので、ついてこられた」
 「これからどうする」
 「知らぬ」
 「ふむ」
 「お前はどうする」
 「光厳院を見張る」
 「見張ってどうする」
 「わからぬ。上からの下知は、ただ見張っておれということだ」
 「あるじの名は聞いても無駄だな」
 「あたりまえだ」
 「去れ」
 そう言うと、男は身をひるがえして走り去りました。

 滝の見物は後日にして、青岸渡寺に引き返して、師の御坊が出て来られるのを待ちました。
 「光智さまをつけている男と話をしました」
 「どんなことを申していた」
 「ただ見張れと言われているだけだと言っておりました」
 「あるじの名は、もちろん言わないな」
 「申しません」
 「まあ、つけさせておこう」
 その後も、ときどき男の気配がしました。



 師の御坊は、何度か青岸渡寺で法話をなさったり、熊野本宮で法話をなさったりしました。光智さまは、いつも師の御坊にくっついて行動しておられました。わたくしと千代は別に用事がなく、滝を見に行ったり、温泉に入ったり、舟を借りて湾内を見物に出たりして、のんびりとすごしました。千代は毎朝八卦掌の型をしておりましたが、これはそう簡単に身につくものではなさそうなので、習いませんでした。代わりに、歌を教えてもらいました。千代はたくさんの歌を知っておりました。これは、いつか役に立つかもしれません。
 そのうち、正月になりました。師の御坊は青岸渡寺の修正会で詰めきりになりましたので、わたくしと千代はますます暇になりました。清水の館には、毎日毎日、水夫やその家族がやってきて、酒盛りをしていました。清水の妻女が、
 「正月くらいは、女の衣装にしてはどうか」
 と言うので、女の衣装を借りて着ておりました。そうすると、人々が、
 「千代姫よ、唄ってくれんか。美紗姫よ、舞ってくれんか」
 と言うので、千代が歌を唄って、わたくしが舞いました。
 「なんと美しいことじゃ、天人のようじゃ」
 と、人々は大喜びでございました。楽しい日々でございました。

 正月の四日に、「つなぎ」の与平のところに行きました。見かけはまったく普通の漁師です。合い言葉を合わせた上で、
 「伊勢の様子を知りたいのですが、なにか情報はありますか」
 と尋ねますと、
 「北畠の屋敷に鬼のような形相の者がいると、山伏が言うておった」
 と言います。これは容易ならぬことを聞いたと思いましたが、師の御坊は法会からお帰りになりません。もしお帰りになってお伝えしても、三月までは身動きがとれません。
 そうこうしておりますうちに、十六日にようやく師の御坊が帰ってみえましたので、お伝えしました。
 「天竺聖に違いないな。十一月に難波を出るときにはそういう話はなかった。それから正月までの間に伊勢に入ったのだろうな。やはり予感は当たっておったな。しかし、ここにいては身動きがとれんな」
 と、わたくしが思った通りのことをおっしゃいました。

 「美紗よ、それはそれとして、まだ女の姿をしているのか」
 とおっしゃいました。
 「ここにおります限り、危険はございませんから」
 と申し上げました。実のところは、女の姿で暮らすのが気に入っていたのでございます。化粧もすこししておりました。たまたま他に誰もおりませんでしたので、

  はるばる来ぬる唐衣
  はるばる来ぬる唐衣
  着つつや舞をかなずらん
  わかれこし
  あとの恨みの唐衣
  袖を都にかえさばや

 と唄いながら舞いますと、
 「出家に見せるものではないな」
 とおっしゃいました。珍しくご機嫌が悪そうな顔をなさいました。
 「それはどういうことでございますか」
 と申し上げますと、ひとつ息をつかれてから、
 「釈迦牟尼仏成道のとき、魔王魔羅は、三人の美女を送って、仏を誘惑したのだそうだ。しかし仏は動じられなかった」
 とおっしゃいました。
 「阿闍梨さまは動じられますか」
 「釈迦牟尼仏ほどは修行が足りていないようだな」
 「動じさせてはいけませぬか」
 「そなたが動じさせたのではない、私が動じたのだ」
 「修行の妨げをいたしました」
 「いや、そなたが妨げをしたのではない、私が妨げられただけだ」
 「女の衣装はやめたほうがようございましょうか」
 「そなたがそれを好むなら、それでよい」
 「では、歌と舞はお見せせぬようにします」
 「いや、かまわぬ。そなたがそうしたいなら、そうしてもかまわない」
 「では、ときどきそうさせていただくかもしれません」
 「わかった」
 「わたくしは、阿闍梨さまのご修行を妨げようと思っているのではございません。ただ着飾って、歌を唄い、舞を舞い、見ていただきたかったのでございます。お許しくださいませ」
 「わかっている。私の修行がまだ未熟なのだ。そなたが悪いわけではない。そなたは、そなたのしたいようにしておればよい。花が美しくて心が騒ぐとしても、花を責めることはできない。花は美しくあるのが花なのだ」
 「ありがとうございます」
 わたくしは、すこしわかったような気がいたしました。師の御坊は、とても深いところで、わたくしを受け入れようとなさっているのだと思います。そしてそれは、師の御坊にとっても難しい道なのでございます。

# by tarakyoko | 2016-11-27 23:07 | 文学

影の炎(4)

第四部 法会



 翌朝のことでございます。朝食の後で、
 「伊勢に行くと言ったが、はて、どうして行ったものか。美紗、そなたの仲間に、街道について情報を集めてもらうわけにはいかないか」
 と師の御坊はおっしゃいました。難波から伊勢に行くには、玉造神社のあたりから東に向かって大和に出て、初瀬の谷を上って宇陀に入り、そこから曽爾、御杖などを経て伊勢に到る伊勢本街道の他に、数本の脇道がございます。その他にも京や近江から入る道や、紀伊から入る道や、はるか熊野を回る道など、全部で十本ほどの道がございます。しかし、今ではいずれも群雄割拠状態になっていて、安全に通れる経路は一本もございません。
 「情報を集めなくても、無理でございます。大軍勢で押し渡るか、あるいはわたくしのような影の者が一人でひそかに歩くかなら、なんとか辿り着けるでしょうが、このたびの面々では、どの道を通っても難しゅうございましょうな」
 とわたくしは申しました。たまたま部屋に入ってきた南蛮屋がそれを聞きつけて、
 「熊野水軍の船が港に入れば頼んでみましょう」
 と言ってくれました。
 「なるほど、海上から行けば安全だな。しかも水軍の船なら、襲われる心配もなかろう」
 と師の御坊は喜ばれました。
 「しかし、いまは熊野の船は来ておりません。次に港に入ったときに頼んでみます。年内に、もう一本は便があるでしょう」
 と南蛮屋は言いました。
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 と師の御坊はおっしゃって、それまでは難波にいることになったのです。

 そう決まると、南蛮屋は、
 「何もしないで難波にいていただいても、もったいのうございます。出家、在家を集めて説法をしてはいただけないでしょうか」
 と言いました。
 「ほう、説法会をするか。それも悪くないな」
 と、師の御坊は乗り気になられました。
 「それでは、私の方であちこちへ呼びかけますが、どういう経文について説法していただけましょうか」
 と南蛮屋は申しました。師の御坊はすこし考えられて、
 「西蔵で習ったものにしよう。漢訳があるかどうか、四天王寺に行って尋ねてくる」
 とおっしゃいました。

 そういうわけで、その日の午後に四天王寺にまいりました。庫裏へ行って事情を話し、経蔵を見せてもらえないか頼んだところ、経蔵の係の僧が出てきました。
 「領快と申します。貴僧は」
 と問われるので、師の御坊は、真言律宗の僧であること、かつて文観さまの弟子であったこと、永福門院の侍僧の一人であったこと、元に渡って密教を学んだこと、このたび法会を催したいこと、などを説明されました。領快さまは大変感心なさった様子で、
 「ほうほう、文観さまでございますか、永福門院さまでございますか、渡元なさいましたか。して、どのような経典をお探しですか」
 と尋ねられました。
 「八十華厳の入法界品がございましたら」
 と師の御坊がおっしゃると、領快さまがおっしゃるには、
 「普賢菩薩行願賛の部分だけであれば、こちらに木版がございますが、他の部分もお要りようですか」
 ということでした。
 「おお、行願賛の木版がございますか。それで十分でございます。どうも世間に疎いもので、まさか貴寺に木版があるとは思いませんでした」
 と師の御坊は大変お喜びになりました。
 「去る寛喜三(1231)年、栂尾の明恵上人高弁さまが紀州に下られる途次に立ち寄られ、行願賛のご法話をいただいたのです。その際に、木版を作りまして、それ以来、必要があれば使っております」
 「それでは、その版を使わせていただいて、印刷をさせていただきたいと思います。恥ずかしいことですが、主に在家相手に、行願賛の話をさせていただこうと思っておるのでございます」
 「どちらでなさいますか」
 「まだ決めておりませんが」
 「ふむ、すこし法論をさせていただいてよろしゅうございますか」
 「さて、どのような」
 「貴僧の学識が十分であれば、当寺の塔頭を使っていただいてかまいません」
 「ほう、ではなんなりと」
 とまあ、そのようないきさつで、なんだか難しい問答をなさいました。しばらくすると、領快さまは合掌して、
 「いや、畏れいりました。拙僧の浅学を恥じるばかりでございます。しかし、なぜ貴僧のような大善智識が、寺にも住まわれず托鉢行脚に日々を送られますのか」
 とおっしゃいました。
 「いやいや、お恥ずかしいばかりのことでございます。これも過去生の業でございましょう」
 と師の御坊は、本当に恥ずかしそうにおっしゃいました。
 「大講堂をお貸ししたいくらいでございますが、上の方がうるさいことを申します。すこし北にまいったところに、私に縁のある塔頭がございますので、そちらをお使いいただくのではいかがでございましょうか」
 と領快さまはおっしゃいました。さらに、
 「木版はこちらの者に印刷させましょう。人数が決まればお知らせください。拙僧と、何人かの同朋も参加させていただきます」
 ともおっしゃいました。



 朔日に法会を始めて五日に満願にするのが宜しかろうということになって、数日後の延文四(1359)年十一月一日に、領快さまに紹介された勝鬘院愛染堂に、聖俗合わせて二十名ばかりの大衆が集まり、師の御坊の法話が始まりました。もちろん、南蛮屋も光智さまもおいでになりましたし、領快さまも、数名の四天王寺の僧を伴って参加してくださいました。わたくしのような者も混じっておりましたためか、師の御坊はごく易しい初歩から説き始められましたが、きわめて微妙な奥義まで説き進められました。西蔵に伝わる註釈書を自在に引用されますので、僧たちもただただ驚いておりました。
 翌日は、人数がうんと増えて、四十人ほどにもなりました。領快さまのお仲間がたくさん来られたのでございます。三日目は、もっと増えて、七十人ほどになりました。堂内がいっぱいになって、もうそれ以上は入らないほどでございましたが、翌日にはもっと入りまして、立ち見が出たのでございます。満願の五日目は、後で述べますような事情で、わたくしは聴聞しておりません。

 三日目くらいから、わたくしはある気配を感じておりました。殺気と申すほどはっきりしたものではありませんが、どこかに敵が潜んでいる感じがいたします。大衆の中を見まわしましたが、そこではありません。気の迷いかもしれぬとも考えました。と申しますのは、月の障りが近づいていたのでございます。そういうときには、わたくしはいら立ってしまうことがございます。そのせいかもしれないとも考えました。
 しかし、四日目もその気配はございます。五日目に、とうとう月の障りになってしまいましたので、境内に入ることを遠慮して、寺の外側で見張りをしてみることにいたしました。やはりかすかな殺気を感じましたが、障りが来てしまえばわたくしの場合は気はもう迷いませんので、これは確実に敵がいるということでございます。空中の気配を嗅いでみますと、屋根の方でございます。おそらく屋根裏に潜んでいるのでございましょう。境内に入ることができませんので、山門の外側に生えている木に登って、枝の間に座って、隠形の術を使って待ってみることにいたしました。
 愛染堂は急な坂の上にあり、下には難波潟が広がっております。夕方は夕日がきわめて美しいのでございますが、たまたまその日は曇っておりました。気配を消して風景を見ておりましたが、時間が長く感じられました。
 法会は申の刻(午後四時ごろ)に終わります。そうして大衆が出てくると、屋根の上に黒い影が姿をあらわして、身軽に地面に降り立ちました。どうするのか見ておりますと、光智さまとその連れの僧を追って行きます。隠形の術を使ったままでその後についてまいりますと、その影は、光智さまが逗留しておられる生玉の藤治寺までずっと後をつけ、光智さまが堂内に入られると、屋根に登って屋根裏に入り込みました。かすかな殺気はございますが、すぐに行動する風ではないので、南蛮屋まで戻りました。師の御坊も帰っておられましたので、見てきたことを報告いたしました。

 「敵は光智さまを見張っておりますが、あやめる気はないように思います。動きから見て、甲賀の衆ではございません。おそらく伊賀の衆でございましょう」
 と申しますと、師の御坊はしばらく考えておられましたが、
 「北朝が見張るのであれ、南朝が見張るのであれ、どちらもありそうに思う。しかし、伊賀者であるとすれば、最近、伊勢の北畠氏が伊賀を占領したという噂があるから、北畠氏の手の者かもしれない」
 とおっしゃいました。
 「北畠殿でございますか。今は、親房(ちかふさ)卿は亡くなられ、ご長男の顕家(あきいえ)卿も亡くなられ、ご次男の顕信(あきのぶ)卿は奥州におられ、ご三男の顕能(あきよし)卿が伊勢の本家におられるはずでございますな」
 と南蛮屋が言った。
 「詳しいな」
 と師の御坊がおっしゃると、
 「こういうことを知らないでは商いはできません」
 と南蛮屋はにんまりと笑いました。
 「私が心配しているのは、天竺聖が北畠殿と結びつくことだ」
 と師の御坊がおっしゃると、
 「結びつくと、どうなりますのか」
 と南蛮屋は言った。
 「わからん。堅田でのやり口を見ると、天竺聖はまず異国僧に取り入る。そうした上で、その僧が関係している豪族を動かす。ここまではわかるのだが、ここからが不思議な動きをする。坂本の赤松氏を攻めたわけではなく、赤松氏の領民を動かして、大津の土蔵を攻めた。これを伊勢にあてはめると、どうなるのであろうか」
 と師の御坊は言って、すこし考えておられたが、
 「いや、ここで考えてもしょうがないな。美紗、そなたの仲間に伊勢の様子を教えてもらうわけにはいかないか」
 とおっしゃいました。
 「佐治の親方さまに伺いを立てなければなりません」
 とわたくしは申しました。
 「それには、どのようにすればいいのか」
 とおっしゃいますので、
 「数日お待ちくださいますか」
 

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と申し上げました。

 四天王寺の前に霞屋という神具屋があり、そこがこのあたりでの「つなぎ」になっていると、竹斎さまから聞いておりましたので、夕刻前にそこに行き、店先にいた小者に、ある符牒を言いました。すこし複雑な合い言葉のやりとりがあって、奥から店主と思われる初老の男が出てきました。
 「入れ」
 と言いますので、店の奥に入りました。
 「近江の佐々木殿におられます竹斎どのの下忍で、あちらでは浄阿と呼ばれておりました。いまは浄念阿闍梨という真言律宗の僧について覚阿と名告っておりますが、光智比丘さまとも関係しております」
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と言いますと、
 「ほう、光厳院さまについているか。それは面白い。して、用は」
 と言います。
 「はい、天竺聖についてはお聞き及びでございますか」
 と言いますと、
 「知らんな」
 と言います。これまでの事情を手短に報告しますと、
 「ううむ、それは容易ならぬことだ。親方さまはご存じなのか」
 と言います。
 「竹斎さまから報告が行っているでありましょう」
 と言いますと、
 「それならよい」
 と言います。なんだかぶっきらぼうな言い方をする男で、顔もくしゃくしゃして青白く、あまり感じはよくありません。
 「浄念阿闍梨は、おそらく天竺聖が伊勢の北畠殿と結びつくと考えておられます。それで、伊勢に潜入しようと考えておられるのですが、ここ数日、光智比丘を伊賀者と思われる影の者がつけているのを見つけました。浄念阿闍梨は、北畠殿の手の者ではないかと考えておられます。あるいはそうでないのかもしれません。ついては、伊勢の情勢を教えていただきたいと思うのですが、佐治の親方さまにお取り次ぎは願えませんでしょうか」
 と言いますと、
 「それは面白い。面白すぎる。よし、さっそく親方さまに尋ねてみよう。鳩を使うので、明日にはお返事をいただけるかもしれぬ。こちらから連絡を入れよう。どこにおるか」 と言いますので、南蛮屋にいることを伝えました。別れ際に、
 「お名前をいただきたく」
 と言いますと、
 「本名は知らなくてよい。四天王寺の霞屋のあるじだ」
 と言いました。いやな男です。

 翌日の夕方に、鈴の音が聞こえました。つなぎでございます。外に出ますと、小さな冴えない男がおりました。
 「親方さまから文だ」
 それだけ言って、小さな筒になった紙を渡して去っていきました。
 中に入って、師の御坊に、
 「佐治の親方さまから文がまいりました」
 と申しますと、
 「なんと。どのようにして甲賀まで連絡ができたのか」
 とおっしゃいました。
 「影とはそういうものでございます」
 とお答え申し上げました。
 文の中身は単純で、
 「北畠は伊賀を占領。天竺聖の行方はつかめず」
 だけでした。
 「それだけか」
 と師の御坊はおっしゃいました。



 法会は終わりましたが、師の御坊は、毎日どこかの寺に出かけられました。法話を聴いた僧たちが、自分の寺の他の僧たちにも教えをいただきたいと申し込んできて、順番にあちこちの寺に行って法話をし、質疑をしておられました。残念なことに、月の障りで、わたくしは境内に入らず、山門で番をしておりましたので、聴聞はできませんでした。もっとも、障りがなくても、俗人は入れてもらえなかったと思います。光智さまもいつもおいでになりましたが、例の影の者も、いつもついてまいりました。ご苦労なことです。

 南蛮屋は毎日出かけておりましたが、八日の夕方に帰ってまいりまして、
 「熊野衆の船が入りました。便乗を頼んでみたところ、いまの季節は勝浦までしか行かないが、それでもよければかまわない、とのことでした」
 と報告しました。師の御坊は、
 「勝浦というと、那智の滝と青岸渡寺のあるところだな。それで結構です。そこで冬を越すことになるのでしょうな」
 とおっしゃいました。
 「春の風が吹くまで待つのでしょうな」
 と南蛮屋は言いました。
 「船出はいつだろう」
 と師の御坊がおっしゃると、
 「熊野衆は小潮のときに動きますので、二十日過ぎでございましょう」
 と南蛮屋は言いました。

 翌日、わたくしは霞屋へ行って、熊野水軍の船で勝浦に向かうことを伝えました。
 「勝浦にもつなぎはおりますか」
 と尋ねると、霞屋は、
 「与平という漁師がおる」
 と言いました。
 「伊賀者はどうしましょう。何もしないと後をつけてくると思いますが」
 と言うと、
 「つけさせてやればよいではないか」
 と言いました。こういう言い方は、わたくしが自分で考えろという意味だと理解しました。

 後で、師の御坊にも、同じことを尋ねました。
 「伊賀者と思われる影はいかがいたしましょうか。熊野衆の船に乗ったことはわかるわけですから、行き先もわかってしまいます」
 師の御坊はすこし考えられてから、
 「害をなすことは、いまのところはないようだから、こちらから動きを起さない方がいいと思う」
 とおっしゃいました。
 「左様いたします」
 とお答えしました。

 その後も、師の御坊は、毎日法話に出かけられました。わたくしは、月の障りは終わりましたので寺内に入りましたが、堂の外側で影の動きを見張っておりました。影は小さな男でございます。そう若くはございませんで、三十は超えていると思います。特別な格好はしておらず、そのあたりを歩いている小者のなりをしております。杖を持っておりまして、あれは仕込でございましょう。私は隠形の術を使っておりましたので、見張りはまったく楽でございました。

 そうしてとうとう船出の知らせがまいりました。十九日の夕方に出るといいます。汐加減がよいのだそうです。昼すぎに乗り込むようにということでございました。場所は、南の方、堺の港でございます。朝から連れ立って出かけまして、昼前に堺に着きました。難波の港と違って、たくさんの大船が入っておりますし、異国の船と思われるものも混じっております。南蛮屋が、
 「あれでございます」
 と、一隻の船を指さしました。そう大きな船ではありませんが、丈の長い軍船でございます。たくさんの櫂の穴が開いております。八咫烏の旗印が立っておりますので、一目で熊野水軍とわかります。南蛮屋は近づいていって、一人の背の高い男と話をしました。そして、手招きをします。
 「こちらが船長(ふなおさ)の清水余五郎さまです」
 と言ってから、われわれを紹介してくれました。
 「坊主が二人と女が二人か。一人坊主と一人女は船魂さまが嫌われるので乗せないのだが、二人ずついるならいいだろう。熊野の海は荒いぞ。覚悟しておけ。さあ、乗り込むんだ」
 と言いました。南蛮屋があわてて、
 「船に乗ると履き物を脱いでください。船の上は座敷と心得なければなりません」
 と言いました。わたくしどもは履き物を手に持って、船に乗り込みました。荷物は南蛮屋が運び込んでくれました。
 「中へ入って下さい」
 と、南蛮屋は船倉の中を指さします。こんな中に入って旅をするのかと思うと、ちょっとぞっとします。
 「船出するまでは甲板にいると水夫(かこ)たちの邪魔になります。沖に出れば、甲板におられてもかまいません」
 と南蛮屋が説明してくれました。わたくしどもの他は、水夫たちだけです。みんな裸に近い姿をした荒くれ男たちです。なんだか大声で叫んでいますが、訛りがきつくてよくわかりません。わたくしどもは、荷物がいっぱい詰まった船倉に入り、荷物のすき間に居場所を作りました。なんだか異様な臭いがいたしました。汐の臭いや魚の臭いやなにやかやが混じった臭いです。
 日が暮れるすこし前に船出しました。甲板に出て南蛮屋に挨拶をしたかったのですが、それはかないませんでした。実際、水夫たちが忙しく立ち働いて、とても甲板におれるような状態ではなかったのです。
 最初は櫂で漕ぎ出しましたが、やがて帆を上げる音がしました。その後で、
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 と、船長の声がしました。階段を登って、おっかなびっくり首を出してみますと、陸はまだすぐそこにありました。師の御坊や光智さまも甲板に出られました。最後に千代が出てきて、私と同じことを思って、
 「なんだ、まだこんなところにいるんだ」
 と言いました。師の御坊が、
 「港の近くは浅瀬もあり、汐の流れも複雑なので、とにかく帆で動けるところまで船を出す。それから、南に向かう汐を待つんだ」
 とおっしゃいました。舵のところにいた船長が、
 「ほう、よく知っているな」
 と言いました。
 「はい、元に渡ったことがございまして、何度か大船に乗りましたので、そのときに聞き覚えました」
 と、師の御坊はおっしゃいました。
 「おお、元に行ったのかい。ご苦労なことだ。実は、わしらもときどき行く。女をさらいにな」
 と船長は言って、大声で笑いました。さすがに海賊でございます。元まで出かけることもあるようでございます。さらに、
 「その女たちを売らないかい。とくに年上の方は上玉だ。どこかの武将に売りつければ、ずいぶん高く買ってくれるだろう。ただでもらっちゃ悪いから、坊さんたちにも何割か布施するからさ」
 と言います。しょうがない男です。
 そのうち、汐が南に向かって流れ始めました。船長は、わたくしどもをからかっている暇はなくなって、水夫たちにあれこれ指図を始めました。
 「ねえ、お姉ちゃん」
 と千代が言いました。いつの間にか、千代は私のことを「お姉ちゃん」と呼ぶようになっていたのでございます。そのように人から呼ばれたことはございませんが、まあいいかと思っております。
 「なんだ」
 と答えますと、
 「あの男たち、下品だね」
 と言います。
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